MANABU KANAI   WORKS & INFORMATION
HTTP://WWW.TERRAINVAGUE.INFO/QUOTES/

年別アーカイブ: 2010年

2010/12/24

EXHIBITION

sea.jpg
金井 学 個展  観測と記述
Date :2011.01.27[Thur]-02.13[SUN](closed on monday and tuesday)
Hours:12:00-19:00(Open until 5pm on the last day)
Place:Youkobo Art Space(Suginami, Tokyo)
URL(jp):http://www.youkobo.co.jp/exhibition_events/2010/12/post-184.html
URL(En):http://www.youkobo.co.jp/en/exhibition_events/2010/12/post-184.html
news
http://www.terrainvague.info/news/news.txt
というわけで、年が明けたら個展をやります。
作品について、以下のような事を書いてみました。

“例えば、今、私がここでこうして見ている世界を何らかの形で書き留めることをが「作品を作る」ということだと仮定してみて、ではそこで私の視覚や、朧げな記憶や、偏った知識や、属する社会の制度や、勝手な思い込みや、単なる見間違いや、ふと湧いた妄想や、その他諸々が絡まり合って感受される対象世界全体の複雑性を、メディウムの制約のなかで再び組み上げ、ひとつの形態として定着させることは「 “どのような手続きによって” 可能なのか?」という視点から制作した作品を展示します。”

インスタレーションなので現場で完成してみない事にはなんとも言えないのですが、ここ数年間で考えていた事が頭の中と図面の中と理屈の上では、ある程度うまくいくはず、というような気がしています。お時間あれば是非お越し頂ければ幸いです。
あと、1月27日〜30日は、遊工房アートスペースにAIRで滞在中のMarte Kiesslingさんのオープンスタジオもあります。こちらも是非。
http://www.youkobo.co.jp/en/exhibition_events/2010/12/post-183.html

コメントを残す

2010/11/30

note-07《来るべき個展に向けて》

判断、カテゴリー
kant1.jpg
kant2.jpg

from kant via google images

コメントを残す

2010/10/27

note-06《来るべき個展に向けて》

猪木 その可能性の中心
YouTube – Wonderland of the fight match100 Antonio Inoki VS Muhammad Ali Chapter 2
美と崇高。ミュロン

コメントを残す

2010/10/27

note-05《来るべき個展に向けて》

ティカαと福永信のフレームワークについて
やくしまるえつこ『ヴィーナスとジーザス』

福永信『コップとコッペパンとペン』

 いい湯だが電線は窓の外に延び、別の家に入り込み、そこにもまた、紙とペンとコップがある。この際どこも同じと言いたい。
 図書館で調べものをしていると、ここに座ってもかまわないかな、と聞こえ、早苗の周囲に煙草の匂いがただよった。煙はすでに消えており男の子の姿はハッキリと見えるのだったが、早苗は本に視線を固定したまま、動かなかった。バサバサと新聞をめくる音が聞こえ、声をかけた後は早苗のことなどまるで気にしていないふうだった。胸が高鳴るのを知った。
 早苗はそれまで男の子と話をしたことなんかなかったし、ましてからだを寄せあったことなどない。それが今では息を吐くときのすぴーという音すら聞こえるほどである。
「外はすごい風だ」
 話しかけられたのだとわかってもどうしたらいいのか判断がつかなかった。うつむいていると、男の子の隣に別の男の子が腰を下ろした。もう言葉を出すことはできなかった。半ば開いた口からため息がもれた。
 父を早くになくし、女子校出身、一人娘の早苗にとって男とは、未知なる存在であった。
 それが近所もうらやむほどの仲の夫婦となった。腹には子供までいる。
「窓、閉めてくださる。楽譜が飛んでしまうから」
 早苗は鍵盤から指を離し、ヒラヒラとめくれそうな楽譜を押さえた。開いたページと次のページがこすれあうかすかな音が消えた。窓が閉まるとさらに静まった。
「ねぇ、あのときのこと、おぼえていて?」
 夫の横顔に向かって話しかけた。窓の外で風船が激しくゆれていた。風船のからまった木は頑としてゆれず、室内の夫婦はガラスに映り込んでいる。
 新聞をめくるのをやめ、夫は答えた。
 「忘れるものか。何しろ、芽が出てふくらんだくらいだから」
 夫が自分とはちがうことを考えていたと、残念に思ったが、それはかえって夫らしさの現れのようにも感じられた。なんで笑うの、と夫は不服そうに右手を挙げた。もし、あのとき、あそこで背伸びをすることがなければ、二人はたがいの思いを知ることなどなかったし、結ばれる運命も訪れなかったはずである。ワンピースがしわになるのもかまわず、早苗は夏の畳の上にゴロッと横になった。イグサの香りが鼻をくすぐった。ほつれた赤い糸の先をたどっていくと窓の外に出た。
 早苗の死については、様々な嫌疑が夫にかけられた。

コメントを残す

2010/10/27

note-04《来るべき個展に向けて》

忙しい私のための55note
http://www.froggy.co.jp/seiko/55/55-4/55-4-2.html

 では、チェスとは何か。
(略)
 地球上で人類が持つことになったある種のボードゲームは、すべて「脳と四次元」に関係があると僕は考えている。サイコロなどを使うことによって偶然性を導入したゲーム以外のボードゲーム。わかりやすくいえば、将棋やチェスは人類が四次元を観念として持つための道具だったのである。
(略)
 決してオカルティックな考えの中に入り込んでいるわけではない。僕のような初心者は別として、例えばチェスのグランドマスターは盤面を読む時に数限りない選択肢に分かれた未来をほぼ同時に思い浮かべていると考えられる。将棋の羽生名人の話などを読むと、それはコンピュータの演算のようにしてではなく、ある種のイメージとして脳の内部に出現する。
(略)
 目の前にひとつのコップがあり、なみなみと水が注がれているとする。それがボードゲーマーにとっての現在の局面とすることが出来る。さて、我々はその「コップと水」の二日後と三年後、あるいは五十年後をありありと同時に想像することが出来るだろうか。「コップと水」ばかりではない。それが置かれたテーブルや部屋や、時には窓から見える空の雲まで含めて、我々は異なる「時間」と「空間」を一挙に把握出来るだろうか。
(略)
 ボードゲームの世界に存在する何人かの名人は、いわばそれが出来ると考えられる。むろんゲームの進展と現実を混同してはならない。だから正確に言うと、少なくともグランドマスターたちは「時間」と「空間」の無限の分裂、そしてそれらの同時的な観想に熟達しているのである。
 これは四次元に近い。限りなく近い。
(略)
“「コップと水」の二日後と三年後、あるいは五十年後”を一挙に”観る”こと。チェスはそうした思考を我々に強制する。
(略)
キュビスムは本来、そうやって「時間」と「空間」を多数化させ、また同時的に把握するための運動であった。しかし、同じことをするならばチェスプレイヤーの脳内部に存在する状態にかなわない。
(略)
 ピカソは素晴らしい。だが、退屈だ。そこには「泣く女」の二日後と三年後、あるいは五十年後、いやそこに姿などなくなった千年後を同時に描く思考がない。またはいくら分割した空間を統合したところで、それはたかだか十に満たない視点からの営みである。より多く時を超えればいいと言っているのではない。360度から把握するならCGがあるとかいうもっと退屈な考えに引きずり込まないで欲しい。問題はあくまでも、「時間」と「空間」の無限の分裂、そしてそれらの同時的な観想にあるからだ。ダビンチは
当然そういうことをえながら描いていたに違いない。
 だから、デュシャンの芸術的関心は実にチェス的である。三次元でものをとらえることの窮屈さ、そこにとどまり続けている愚かさに絵画がとらわれていていいのかと彼は根源的に考え、そしてやがて絵画そのものを捨ててしまう。チェスをしながら光と影について考え続ける。

http://www.froggy.co.jp/seiko/55/55-4/55-4-3.html

四句否定。
(略)
「私であることはない/私でないこともない/その両方であることもない/その両方でないこともない」
(略)
 即中即空即仮。
 三諦論はそう言う。
 四句否定にせよ、三諦論にせよ、根幹で目指されているのは間違いなく”矛盾を一挙に把握する脳”である。仏教的には矛盾と言わないのだとしても、不動なものと滅するもの、そしてなおかつ仮に存在するものを一挙に(即中即空即仮)受け入れる脳こそが修行によって求められていると考えてよい。「私であることはない/私でないこともない/その両方であることもない/その両方でないこともない」という否定を
順を追って論理学的に、または哲学的に解きほぐすことは可能だろう。だが、すべては「即」でなければならない。
(略)
 ダビンチが考えたのは”世界把握をするにあたって絵画はどのようにあるべきか”であったはずだ。そのために遠近法を確立してみせた。ところが、その後にわんさかと出てきた絵描きの誰一人として、世界把握としての絵画を根本的に考えなかったのではなかろうか。遠近法をただの技術として受け取り、三次元を二次元に閉じこめるにあたっての哲学を忘れた。二次元が三次元に見える絵画の技術の嘘を、ただ漫然と
継承してそう見える罠と脳、あるいは世界との関係についてを捨て去った。
“網膜快楽的”な絵画を馬鹿同然とみなしたデュシャンは、世界を把握する技術としての絵画を目指した。そして、それをすっかり諦め、やがて諦めをユーモアで示し続ける。ユーモアは人類の脳の限界を示すものでもあり、そのぎりぎりの場所まで追いつめたことの証左でもあったのではないかと僕は思う。

※くりかえし述べておくが、埴谷雄高の「虚体」とは、時間と空間とを超越する(一点に圧縮)ことによって、存在にその可能態すべてが凝縮された、きわめて「四次元的」な存在形式として構想されている。

コメントを残す

2010/10/19

メモ:金沢にて

1日目
調布ICの朝(土曜日ETC1000円の為渋滞、バイクの私には関係ないが)→諏訪湖SAで休憩(天気は良いが少し寒い)→松本IC(高速はここまで。¥3500也)→蕎麦@松本(新蕎麦の季節)→野麦街道を上高地方面へ(大型バスにより若干の渋滞)→沢渡を過ぎたら飛騨高山方面へ→安房トンネル手前を旧道安房峠へ→山は紅葉の季節(焼岳が近い)→安房峠越え→平湯(ここに来ると北アルプスに登りたくなる)→R471→栃尾温泉(右折すれば新穂高。三俣山荘の皆さんは元気だろうか?)→神岡でR41(カミオカンデ)→人生初の富山県入り(たぶん。と思ったが水晶岳は富山県だった)→富山駅→R8に入る→バイパスは高速道路の様→そのまま石川県入り→日没。ダウン着るが寒い→市街地へおりるとそこは兼六園の下であった→21世紀美術館は想像以上の奇麗さ→ホテル(美術館至近)→歩いて市内(夜の茶屋街)→メシ(アジ、ブリ、ノドグロ、ゲンゲ+天狗舞)→マスターと金沢の方とおしゃべり→21美はやはり地元民からすると「?」らしい→会計は驚きの安さ(サービス?)→ホテルのユニットバス→ドライヤーは弱風→コンビニで朝食を仕入れる→夜の香林坊は金沢の若者達がたむろしている(BJC風に)→なぜ金沢の若者には地方のちょっとした芋臭さが無いのだろうか?→寝る
2日目
朝の兼六園(百万石マラソン?)→偕楽園、後楽園、兼六園、完全制覇→しかしそれほど大きくない→外国人の方が多いわ→ホテル戻りチェックアウト→荷物は21世紀美術館ロッカーへ→自転車を借りて市内へ(¥200)→茶屋街などベッタベタの金沢観光コース→昨夜料亭と思っていたがその多くは観光客相手の土産物屋であった→自転車は本当に便利→早めの昼食は金沢カレー(東京に戻ってから「カレーのチャンピオン」vs「ターバンカレー」(ゴーゴーカレー)の血で血を洗わない戦争を知ることとなる)→ついに本題の21世紀美術館へ→フィッシュリ&ヴァイス→良い!→しかしthe way things go(僕が展示で見るのはポンピドゥー以来)はかなりキャッチーだがそれでも多くの人が「?」の様子はどうしたものか(うーむ)→「庭園にて」は三渓園が入っている?→音と光→均衡→ランドスケープ→目の前+エアポート→ソーセージ→無題→質問(この流れ!!!)→常設展はどうもなぁ→タカミネタダスはもっとどうもなぁ→だがタレルとかレアンドロとかはまぁ鉄板ですわね→ミュージアムショップには展覧会図録はなく(制作中につき後日電話注文可とのこと)→しかし店員の女の子は大変可愛らしかった→時間がまだあったので再びフィッシュリ&ヴァイスへ突入→事の成り立ちにも椅子が欲しかった→最後にコーヒーを一服→荷物を積んでさらば金沢(17:30)→高速のようなバイパスで富山へ→富山(19:00)→高山方面はだんだん寒くなってくる→そして道路が暗すぎて恐い(たが車は走っているので怖くはない)→神岡からはついに車もいなくなる(=怖い)→そして寒い→平湯(20:30)気温6度!→帰りは安房トンネルを通るのだ(無料実験中)→松本へ下る一方→思いのほか大型車多し(これも不況の影響なのか)→夜の新島々駅→給油の後松本IC(21:30)→諏訪SA(22:00)モスとレストランは目前で閉店→食堂で暖かい食事を(とにかく寒い)→暖まるまで時間がかかる→一路東京方面へ(22:45)→夜の高速もそれはそれで恐い(大型車)→24:30@八王子→24:45@調布→夜の東八は通いなれたもの→吉祥寺に着くと湧く帰ってきた感→25:00帰宅→バイクをとめてお尻が痛い→26:00寝る

コメントを残す

2010/10/03

note-03《来るべき個展に向けて》

1Q83 or サリーのイゴーの叫び

ピーッ!ピーッ!ピーッ!ピーッ!ピーッ!ピーッ!ピーッ!
運転手は君だ 車掌は僕だ
運転手は君だ 車掌は僕だ
ハヤシヤスオ君、僕は30分後の地下鉄に乗って恵比寿の駅に行くから
君は先回りして車を用意していてくれる?
すみません
朝日新聞の朝刊と日経新聞、一冊ずつ分けてもらえますか
これを新聞紙に包み
これを座席の下に置き
これをビニール傘で刺した
ピーッ!ピーッ!
運転手は君だ 車掌は僕だ
運転手は君だ 車掌は僕だ
運転手は僕だ 車掌は君だ
あとのみんなは あとのみんなは あとのみんなは
あとのみんなは
毎日毎日電車に揺さぶられ
心さえも失い
ちっぽけな金にしがみつき
子供のころの夢は時と人波に粉々になり
街角に転がっている
運転手は君だ 車掌は……車掌は……
ピーッ!ピーッ!
「こんな世の中では本当の自分は見つけられない(イノウエヨシヒロ 16歳)」
運転手は君だ 車掌は僕だ
運転手は君だ 車掌は僕だ!
あなたの方から見たら散々たる景色でしょうが
私の方から見えるのは相変わらずきれいな青空と透き通った風ばかりです
坂本弁護士一家監禁ポア
三菱重工業広島研究所侵入
松本サリン
目黒事務局長監禁ポア
国松長官銃撃
首相官邸サリン攻撃
新宿青酸ガス
皇太子ご成婚パレード襲撃 (襲撃して何が悪いんだ!)
皇居サリン爆弾
1995年11月 戦争 破防法!
ピーッ!ピーッ!
サッちゃんはね サリンて言うんだよ ほんとはね
だけど危ないからサッちゃんて言うんだ
可笑しいね サッちゃん
運転手は君だ 車掌は僕だ
加害者は僕だ 被害者は君だ
加害者は僕だ 被害者は君だ

コメントを残す

2010/09/22

note-02《来るべき個展に向けて》

復習

【第一アンチノミー】
テーゼ:世界は空間・時間的に始まりを有する(有限である)。
アンチテーゼ:世界は空間・時間的に無限である。
テーゼの証明:もし世界に時間的な始まりがなかったとしよう。[反対の想定]。そうすると、与えられたどの時点を取ってみても、それまでに無限の時間が経過していることになる。現在という時点を取ってみてもそうである。しかし、無限な時間とはけっして完結しえない時間をいみする。ところが、われわれは「現在」という完結した時点においてある。ゆえに、これまで無限の時間が過ぎさったということはありえない。世界に時間的始まりがないという想定は不可能である。[反対の不可能性]。すなわち、世界は始まりをもつ[結論]。
アンチテーゼの証明:もし世界に時間的な始まりがあるとしよう。[反対の想定]。すると、世界の始まりの前にものが存在していない時間があったことになる、すなわち空虚な時間があったことになる。しかるに、空虚な時間からは、およそ物が生起するということは不可能である。なぜなら、そこにおいては非存在が現実存在に転じる(無から有が生じる=生起する)なんらの条件も見いだしえないからである[反対の不可能性]。ゆえに、世界の中では物の多くの系列が始まりうるにせよ、しかし世界そのものは始まりをもたない。世界は時間的に無限である。[結論]。
テーマは絶対的全体としての世界、とりわけそれが空間・時間的に有限であるかということであった。空間と時間が主観的であり、観念的なものにすぎないとすれば、いずれにせよ世界は量的にあるがままの姿で与えられてはいないことになる。逆に、空間と時間が世界に固有な実在的なものであるという暗黙の前提から、アンチノミーが生じたのである。しかし、それ自体として量をもたないものに、どんなに量(有限か、無限か)を問題にしようとしても、問題にならない。それは、マネキン人形を相手に、「男」か「女」かを問題にするのと同じことである。

(石川文康 『カント入門』1995 筑摩書房 pp.032-033、pp.080-081)

コメントを残す

2010/09/22

note-01《来るべき個展に向けて》

§1 第一に、その作品(対象物A’)を見る(或は聴く)過程において、見る側のA’を認識するフレームワークはダイナミックに更新されなくてはならない。
§2 その実現可能性は、記述対象世界(A)を、A’化(記述=エンコード)する際の技術的な方法論にかかっている。そのような記述形式をきっちり構成すること。
§3 なぜ、ペンはヘアピンに、ケースはアジャスターになり得たのか。これは必然性(因果論)として記述可能か?

コメントを残す

2010/08/28

NAZO NO musique

http://www.youtube.com/watch?v=aVRvVFTo5KA

『じんじろげ』 森山加代子


死んだ祖母が歌っていた謎の歌は実在していた。私と姉が教わっていたのは、おそらくいい加減な祖母故、ところどころ違うのであるが、この曲であることは間違いない。
語感から、第二次大戦中占領下に東南アジア周辺の原曲ではと予測していたが、原曲はインドの「ヒラミルパニア(雨期礼賛の歌)」のようだ。

Hila mil pani a jori nana diya
Angla nache Bangla nache Nache boutel cana
Upel sito men pu kali lauba balti cana
雨が降ってきた 忽ち川と流れる
雨が降ってきた 忽ち川と流れる
イギリス人も踊る ベンガル人も踊る 踊れよ 瓶には酒が
卓上の黒い長い皿には御馳走が

これが今、私の手もとに届いたということをどう考えるべきか。

コメントを残す