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年別アーカイブ: 2013年

2013/06/30

Exhibition

東京藝術大学大学院美術研究科 油画第7(O JUN)研究室展
「太郎かアリスvol.4 」

会場:YUGA GALLERY & 立体工房(東京都台東区上野公園12-8 東京藝術大学美術学部絵画棟1F)
会期:2013年7月1日(月)~7月5日(金)10:00~19:00 ※最終日(~17:00)
オープニング・講評:7月1日(月)15:00~ 野村和弘氏による講評
出展作家:有馬莉菜、小穴琴恵、金井学、呉梨沙、小林裕子、衣真一郎、佐々木美穂子、遠山由恵、富田直樹、Najumun Nahar、山脇紘資

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2013/06/03

KKTNK祝(私の勝手な感慨もひとしおである)記念

メモ:(審査員について)
http://galleristny.com/2013/05/the-venice-biennale-international-jury-has-been-selected/

Venice Biennale officials have announced the five members of the International Jury, which will determine the recipients of the coveted Golden and Silver Lion prizes at this year’s exposition. The jury, which will be led by Jessica Morgan, the Daskalopoulos Curator of International Art at Tate Modern, will also include Sofía Hernández Chong Cuy, the chief curator of the 9a. Bienal do Mercosul in Porto Alegre, Brazil and curator for contemporary art at the Colección Patricia Phelps de Cisneros in New York and Caracas, Francesco Manacorda, who was recently appointed artistic director of Tate Liverpool, Bisi Silva, founder and director of the Centre for Contemporary Art in Lagos, Nigeria, and Ali Subotnick, curator at the Hammer Museum in Los Angeles.
The jury, whose members were proposed by Massimiliano Gioni and approved by the Biennale board of directors, will award the Gold Lion for best national participation, the Gold Lion for best artist in the international exhibition “The Encyclopedic Palace” and the Silver Lion for a promising young artist in the exhibition on opening day–June 1–at 11 a.m. at the Giardini of la Biennale.

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2013/03/29

メモ

美術館建築をめぐって(2)磯崎新+青木淳
http://10plus1.jp/dialogue/dialogue1_2.html

僕が1968年に『建築の解体』を書いた頃は、あらゆる既成概念や価値基準が壊滅状態になった。そして一瞬の静寂みたいな時間が70年代の最初の2、3年にあった。その中から出てきたことのひとつは――もちろん伏流としてはそれ以前にあっんだけれど――アルド・ロッシなんかのコンテクスチュアリズムです。これは、伝統的に存在している都市のコンテクストや歴史のコンテクスト、文化のコンテクスト、要するに、全部建築外にあるものとつなごうという理屈ですね。これに対してアイゼンマンや僕のフォルマリズムは対極にありました。まったく空白の状態を”「主題の不在」という主題”と僕は定義しましたが、そのとき建築が自ら対外的な作用のできる意味を生産できると考えていたことが疑わしくなった。むしろ受け身にまわる。そこで、外部のコンテクストに接続するような扱いをはじめる。それにたいして、自閉して、自らの内部のみの形式性を追求する。「自立性」とか「自律性」とか言われました。自立した建築の仕組みっていうのは、自分自身がもっている形式性の自動展開でしかない。手法論と言ったのは、一種のフォルマリズムへつなごうとしたわけですね。それは自律性のほうからきているんですね。つまり、片一方は都市、あるいは歴史に広げていこうっていうコンテクスト重視の動きがあった。二つは対極的で内に向かうのと外に向かうのと両方が出ちゃうんですよ。それは事態が限界状態に行き着いたあげくに起こる現象なんですね。

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2013/02/11

シモンドン – Yahoo!百科事典

http://100.yahoo.co.jp/detail/%E3%82%B7%E3%83%A2%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%B3/
シモンドン(しもんどん) [ 日本大百科全書(小学館) ]
廣瀬浩司

Gilbert Simondon
(1924―1989)
フランスの哲学者、技術史家、心理学者。サンテティエンヌに生まれる。1944年よりパリのエコール・ノルマル・シュペリュール(高等師範学校)に学び、哲学史家マルシャル・ゲルー Martial Gueroult(1891―1978)、メルロ・ポンティ、イポリット、カンギレムらの教えを受ける。1953年から1963年までポアチエ大学で教える。1958年「ゲシュタルトおよび情報の概念の観点からみた個体化」L’individuation la lumire des notions de forme et d’informationで学位を取得。同年『技術的対象の存在様態について』Du Mode d’existence des objets techniquesを出版。1963年『個体とその物理学的・生物学的発生』L’Individu et sa gense physico-biologiqueを出版。1963年から1983年までソルボンヌ(後のパリ第五大学)教授、1963年同大学に「一般心理学およびテクノロジー実験室」を創設。1989年『心的および集団的個体化』L’individuation psychique et collectiveを出版。
シモンドンの思想の主題は大きく二つに分類される。第一は、「個体化のプロセス」の哲学であり、第二は、技術的対象の発生論的考察である。
第一の個体化のプロセスの哲学において批判されるのは、アリストテレス的な質料形相論である。個体の成立を質料と形相の結合と考える質料形相論は、個体に先だつ前個体的なものから個体が生成してくるプロセスを記述できない。個体化のプロセスとは、過飽和状態にある前個体的なもののポテンシャル・エネルギーが顕在化するプロセスのことである。情報理論や量子力学に依拠しながら、このプロセスを生物学的、心理学的な領域から社会的、集団的な領域にまで拡張し、独自の自然哲学、存在論、倫理学を展開する。彼の個体化論は、ベルクソンやメルロ・ポンティの哲学を刷新するものとして、とくに1990年代以降のフランスの現象学研究者たちによって再評価されている。
他方、この個体化のプロセスがもっとも顕著に観察されるのは、技術的な活動においてであるとされる。この視点から、機械学(メカノロジー)とよばれる独自の技術哲学を展開する。機械を目的実現のための道具とみなす「機械=道具」説と、機械を人間からの自律においてとらえる「機械=自動機械」説の双方をしりぞけ、機械に固有な個体化のプロセスを発生論的に明らかにし、その時間性を問題とする。そのことによって、人間疎外論的な技術恐怖と、啓蒙主義的な技術信仰の二律背反からテクノロジーを解放し、テクノロジーと文化が内的に結びついた「技術文化」の創設を目ざすのである。こうしたシモンドンの技術哲学は、前記の個体化のプロセスの哲学に裏づけられながら、技術に固有な時間性を主題化することによって、ハイデッガーの技術哲学を批判的に継承し、それを具体的な技術史に適用したものとして、フランスの伝統的な科学史には収まりきらない独自な位置を占める。
シモンドンの個体化の哲学は、物理学者イザベル・スタンジェールIsabelle Stengers(1949― )やドルーズに大きな影響を与えている。とくに『差異と反復』Diffrence et rptition(1968)においてドルーズはシモンドンに依拠しながら、伝統的な主体概念を「前個体的な特異性」や「非人称的な個体化」として規定しなおしている。またシモンドンの機械学は、ボードリヤールのシミュラークル論や、ガタリの機械状無意識(フロイトの無意識と異なり、否定的なものとして抑圧されるのではなく肯定的な生産の場であるような無意識。また、単に生命的なものと対立する「機械論的な」無意識ではなく、欲望の流れを切断したり結合させたりしながら、技術的なものや社会的なものを横断するような集合的な無意識のこと)の思想に影響を与え、とりわけドルーズとガタリの共著『千のプラトー』Mille Plateaux(1980)では、シモンドンの技術論が「戦争機械」の概念に結びつけられて論じられている。またベルナール・スティグレールBernard Stiegler(1952― )は、シモンドンの技術哲学をデリダの差延の思想に結びつけて、技術と時間性の関係を分析している。
[ 執筆者:廣瀬浩司 ]

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2013/02/05

メモ:

Scriptorium 1 – libellus: 個体化理論の今昔
http://www.medieviste.org/scr1/archives/000260.html

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2013/02/04

現代の日本社会でアーティストとして生きる理由 -連載・コラム:CINRA.NET

メモ(以前TW上で田中功起の射程は私の当初予想より広いのではないかことについての注釈として。):
http://www.cinra.net/column/motannual2012.php?page=5

田中:ある考え方の下で規範化された場では、それを受け入れるから平穏に生きていける現実もあります。制度も慣習も、もともとこの世界を便宜的に区切って円滑に社会が営まれるように生まれたものですからね。でも、アーティストはその慣習から離れた場所にも可能性を求め、異なる立場から別の考え方を提唱することができると思うんです。ただ今回の作品は、美術館やその制度と安易に敵対するわけではなく、いわば共犯することで可能性を探りたいと。『踊る大捜査線』で言えば、室井(システム内部の変革)と青島(現場の変革)みたいな(笑)。そしてここで試されていることは、アートに限らずどの分野にも通じることかもしれません。アートの世界で変革ができないなら、社会全体も変えられないだろうというのが僕の今の考えです。

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2013/01/14

メモ:英語で読めるシモンドン文献リスト

Lukas Verburgt’s Blog
Gilbert Simondon: translations [re-updated]
http://lukasverburgt.com/2011/10/26/gilbert-simondon-translations/

As far as I know there are still no ‘offical’ English translations available of the – highly interesting work of Gilbert Simondon.
However, there do circulate some translations on the internet – most notably his book On the Modes of Existence of Technical Objects. Others include ‘The Position of the Problem of Ontogenesis, ‘Technical Mentality’ and a 1966 , review by Gilles Deleuze – for whom Simondon was a great inspiration (think of his distinction between singularities and individuals and the notion of individuation) – of ‘L’Individu et sa genese physico-biologique’. All of these are truly worthwile.
Update
Some translations of the work of Simondon I didn’t know of (thanks to Terrence Blake from Agent Swarm
Topology, Chronology and Order of Magnitude of Physical Individuation
Topology and Ontogenesis
The Physico-Biological Genesis of the Individual
The Individual and Its Physico-Biological Genesis
Chapter 1 of Physic and Collective Individuation
A new translation of Gilbert Simondon’s ‘Two Lessons on Animal and Man’ by Drew Burk will be published by Univocal Publishing. I haven’t heard of the publisher, but it seems promising; check out their website here.

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2013/01/14

メモ:

2013-01-13 – 偽日記@はてな
http://d.hatena.ne.jp/furuyatoshihiro/20130113

桑山忠明の作品はあきらかにアメリカ型のフォーマリズムの問題を継承している。例えばその特徴の一つに非造形性というのがあると思う。造形とはつまり、特定のフレームがあってそのフレームのなかに「よい形」が配置されることだ。あるいは、形が形として見えるためにはフレーム(地)が成立していなければならない、というようなこと。例えばインスタレーションのように空間全体がフレームとなったとしても、フレーム内の形が問題であれば造形的なものだということになる。対して、例えばジャッドの規則的に並んだ直方体(というか箱)の作品などでは、置かれたモノ(直方体)が作品なのではなく、そのモノが置かれることでその場所が作品となる。そこには図と地の区別がなく、人はモノ(実の形)を観ているのでもモノとモノの隙間(虚の形)を観ているのでもなく、空間を分節する仕草のようなものだけを観ることになる。つまり「形」がなくて、いわば空間=リズムだけがある、ということになっている(空間がリズムによって満たされている、というのか)。つまり、そう見えるように絶妙に直方体を配置するわけだけど。いやそれでも、でもここに直方体があるじゃん、と言って指さして、直方体の方に注目してしまうと、それはすぐにモノ(図、造形)になってしまうのだけど。

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