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2016/09/06

The Strange Case of Dr. Cezannisme and Mr. Shinya Sugawara

ここのところ、いろいろとドタバタとあって、ようやく今パース、というかフリーマントルで落ち着いているところなのだけれど、直近の2ヶ月は日本でしばらく過ごさなくてはいけなくなってしまって、実家でくすぶる日々を送っていたのだけれど、その頃のことについて忘れる前に書いておきたいと思う。

7月の下旬に私は次のようにつぶやいていたのだった。

私がTwitterを始めたのはもうかなり前なのだけれど、現実世界で身を置いている環境において「美術のことを話している人」とそりが合わなかった私にとって(つまり、私にとって彼らは「美術のことについては話していない人」だとしか思えなかったのだけれど)、一方Twitterには多数とは行かないまでもちゃんと「美術の話」が通じそうな人がいるもので、そういった人をフォローし、その界隈から流れてくる各種の情報を受け取り、興味身深い知識を得、また励まされたことがこの5-6年の間で何度もあったことは書いておくべきかと思う。

そういった人々というのの多くは、当然ながらその名前も何をやっているのかも(アーティスト、批評家、キュレーター云々)わかる人が大半なのであるが、しかしここで特筆すべきは、ごく少数ではあるものの、その圧倒的な知識と見識に舌をまかざるをえない——すなわち私がTwitter賢人と呼ぶところの——「匿名の人」というのが存在したということである。

例えばその一人は通称(と言っても私が勝手に言っているに過ぎないが)「鉛筆の人」、すなわちプロフィールにディドロを引く@qualquelle氏であるが(氏を賢人と呼ぶに異論はあるまい)、氏は2012年以降、年に1度降臨するペースになってしまわれたのが残念である。だが7月下旬につぶやいていたのは@qualquelle氏のことではない。

私がつぶやいていたのは、私が通称「セザンヌの人」とこれまた勝手に呼んでいた@cezannisme氏のことである。

私が「セザンヌの人」をフォローしたのはTwitterを始めたばかりの頃だったので、おそらく2010年頃だと思う。当時から「セザンヌの人」のツイートは私のタイムラインにおいて完全に頭一つ抜け出していた。前提とする知識と情報量(英語は研究者レベルで読める上、もしかしたらフランス語もいけるのかもしれない)、またその上で切り込む角度の的確さ(というかねじれ具合)と鋭さは圧倒的であった。私の記憶が正しければ、私が「風桶展」についてツイートしていたのがキッカケでフォローを返していただき、その後何度か楽しいやり取りをさせていただいたこともあった(そういえば絵文字でヴィトアコンチのセンターズを作って送っていただいたこともあった)。「セザンヌの人」は展覧会を見ている量が尋常ではないので(平日にも新幹線等にも乗って展示を見に行っていたようだった)私は「セザンヌの人」はおそらく美術関連の職(批評/ライター/雑誌編集/学芸員)についているのではと思っていたが、思い当たる人はいなかった。というのも「セザンヌの人」はこう言ってよければ、明らかにフォーマリスト的な論者であり(と言ってもある対象を取り巻く文脈を全て捨象するような原理主義者ということではなく、対象そのもののフォームを中心として論じるという意味で)、日本の美術業界に腐るほどあるわけのわからない駄文の類とは根本的にレベルが違うのであって、もし140字以上の文章があるならば、私はそれが氏の手になるものだと一発で見抜く自信はあったのであるが、雑誌やネット上で目立つ記事にそのような論者は(残念ながら)存在せず、私にとってはずっと謎の賢人なのである。

(このような私の推測が正しいとして)私はこのような御仁にその能力が生かされる、しかるべき場のしかるべき職が与えられていないことに長らく勝手に憤っていたのであるが、さてその@cezannisme氏が7月下旬の朝、私のTLからすっかり消え去ってしまっていた。というか、Twitter上からアカウントごとすっかりいなくなってしまったのである。端的に言って残念であり、少し寂しい。

ところでそれとは全く関係なく、私はいつものようにARTitの田中功起「質問する」を読んでいた。これまで「言葉にする」が07-08年頃に始まってタマビに通勤するバイクでポッドキャストを聞いていて、それが後に「質問する」になって、本にもなって……そしてこれまでに沢山の人が登場したのであるが、いずれも私が名前を知っている人ばかりであった。が、しかし、今年の4月に始まった連載は、私が寡聞にも知らない菅原伸也氏を往復書簡の相手とするものであった。目下この往復書簡は続いているところであるが、すでにわかっていることは以下である。

・菅原伸也氏はかなりキレ者である(文章読めばわかる、というかそもそも私が「この人キレ者だ」とか言えるレベルではない)
・菅原伸也氏はTwitterをやっていて田中功起と知り合ったようである(が、@sugawara_shinyaとかその手のアカウントは存在しないのでおそらく匿名でやっていた)
・今年3月にブログを開設した(https://sugawarashinya.wordpress.com

そして氏のブログからは以下のことがわかる。

・菅原伸也氏はやはりキレ者である。
・菅原伸也氏が過去に書いた文章はそう多くない
 長谷川新氏がキュレーションした2つの展覧会のカタログに作家論と展覧会レビューがそれぞれ1本ずつ(読んだ)
 東京ステーションギャラリーのモランディ論が1つ(読んだ)
 美術手帖8月号の奥村インタビュー(図書館で複写を入手して読んだ)
 (後、かつてゴダール論を書いていたかもしれない。東大の表象だから映画だと大久保くんの守備範囲の人かも)

とりわけ、モランディ論にはびっくりである。これだけしっかりしたフォーマルな批評を書ける人は、国内だとかなり限られるんじゃないだろうか。はっきり言って、感想としては「これほどまでの書き手が、いったい今まで何をやっていたのか」という思いしかない。(いずれにせよ菅原伸也氏が今後どのような文章を書いていくのかはブログも含めて見ていきたい)

そこでふと感じるのは「菅原伸也氏はなんとなく@cezannisme氏と同じような感じがする」ということである。文体や物の見方が、なんとなく似ているような気がする。とはいえ、幾つかの条件は符合する(Twitter上で伺いしれる人間関係とか)ものの、そもそも下衆の勘ぐりに過ぎない。しかし@cezannisme氏がある7月の朝に消え去ってしまっていたことを残念に思い、そのような人がTwitter上に存在していたことを書いておきたかったからこれを書いてきたのであるが、仮にあの「セザンヌの人」が菅原伸也氏と同一人物であるのならば、もうこれは書く必要がないのかもしれない。

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2016/07/16

メモ:非同期(サイトスペシフィックという語は誤解されている)

岡崎乾二郎「微笑む力(トリシャ・ブラウン・ダンスカンパニー公演レビュー)」
http://realkyoto.jp/review/trisha-brown_in-plain-site/

サイト・スペシフィックという語は誤解されている。場所の特殊性に沿うのではなく、その場が備えている、そこに存在する事物や行動を束縛している条件、規則に関わらず、自立した規則をもった行為がそこに介入されることが重要なのである。結果として異なる規則つまり法をもった複数の場の衝突と葛藤が現れ、このコントラストこそがその場が潜在的にもっていた特性を際立たせる。ここに現れるのはもっとも原初的な政治的葛藤だといえるだろう。

私も同じことを100年ぐらい言っているのだけれど、全然理解されない。
数年前の3331のアーティスト・イン・レジデンスにまつわるトークイベントで、会場を炎上させつつも私が繰り返し言っていたことはまさにこういうことで、レジデンスにおけるアーティスト(ないし作品)の存在の意味は、その自律性=別の法に準拠していること、つまり非同期性にあるのだ、ということを申し上げたのですが、「アートで社会に貢献」とか「町おこし」的な文脈でオッサンに絡まれて終わったのでした。

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